2018年04月12日

庭にシソが生えてきた。



すっかり春らしい毎日ですね。

今年は庭作業が遅れ気味です。
庭作業なんて立派なものではなく、
プランターにハーブなどをちょこちょこ植えるだけなのですけれど。

それでも、冬の間、ほったらかしにしていたプランターから
ミントやレモンバーム、オレガノが今年も新芽を出してくれました。

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シソも、こぼれ種から
いくつもの芽が出てきました。

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すでにドクダミの強さに負けて追いやられてしまいそう。
もう少し大きくなったら、プランターに保護しなくては。


庭といっても、マンションの庭ですから本当に小さく、
また、年2回の業者さんを入れての庭の剪定と草抜きで
抜かれたりダメになってはいけないと、
ショボショボとプランターに植えているだけですが
これからの季節、朝起きて庭を見るたびに
少しずつ育っていく緑には本当に救われます。
ものが育っていく姿って、どうしてこんなにも胸を打つのでしょうね。
プランターの脇からこぼれ種が発芽し、双葉が出てさらに葉が増えて、と
見つけるたびに嬉しくて仕方ないのです。

こんな気持ちになるのも歳をとった証拠、と親には笑われますが
確かにこの数年、季節の移り変わりや木々の芽吹きを見ることに
身体の底から沸き上がるような
生きている実感と幸せを感じるようになってきました。

やたらとお花を見に行ったり、新緑の山に行きたがる年長者をみて
なにがそんなに楽しいのだろう、と若い頃には思っていたものですが
そんな気持ちが年々わかるように。
草花から生命力を感じることで
少しでも自分のエネルギーが満ちるような気になるのかも。
生命として下り坂になりつつある自分を実感しているからこそ、
若々しく力あふれる新芽に対する憧憬も深まるのかもしれません。
これ、子どもが育ちあがり
育ちゆくみずみずしい生命の気配が目の前から消えたら
ますます草花への思いは強くなるのだろうなと思います。

が、よくよく考えてみると。
中学校のころには校園部という委員会に所属していて
校庭の花の植え替えなどを喜んでやっていたのでした。
20代の頃にも母と一緒に長野の畑を借りたりしていて
ものを育てることは好きだったような気がします。
それでも、横着もので自分勝手なタチなので
動物の世話をきちんとするのはとてもムリですが、
草花は適当に放っておいてもひとりでに育ってくれる、というところが
自分向きなのだろうなと思ったりして。
勝手に育ってくれる力強さに純粋に憧れるし、
こちらが構いすぎずともしっかりと育ち、しれっと美しい姿を見せてくれる、
そんな適度な距離感が好きなのかもしれません。

春のこの季節は、学校の新年度も始まり草花も芽吹き、
新しく吹き出すエネルギーがあちこちに充満していて
ときには、あてられてぐったりしてしまうこともあります。
昨年4月は無気力病に陥って、SNSを開くのさえ苦しい時もありました。
今年はムリせずぼちぼちと。
新緑を楽しみながらの4月がスタートしています。


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いまの一瞬にしか咲かないハナニラを摘んで、
雑草と一緒に花瓶に。
この何気ない花がふと部屋にある光景には
思っていた以上にフワフワと華やいだ気持ちに。
まわりをもっとすっきりと片付けたい、
という気力が沸き上がってきます。


posted by しょうこ at 00:00| Comment(0) | ☆日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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